消化器外科(下部消化管)

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大腸癌鏡視下手術について

従来の手術では20cm前後の開腹創が必要とされましたが、鏡視下(ロボット支援手術、腹腔鏡手術)手術を行うと、3cmから6cm程度の開腹創で済みます。これが患者さんにもたらす効果は、開腹創の縮小化→手術直後の痛みの軽減→早期離床→排ガス、排便の早期化→早期の食事開始→早期退院となり、これが「低侵襲手術」と言われる理由です。

また当科では、鏡視下手術の利点は低侵襲性だけではなく、その視野の良さから開腹手術よりも精緻な手術が可能であることと考えています。これを後押ししたのが手術画像の3D化でした。当科でも2014年より3D腹腔鏡システムを導入し、拡大視効果と立体感により微細な解剖理解に基づく精緻な手術が可能になりました。特に狭い骨盤内での手術となる直腸癌の手術において、3Dカメラによる良好な視野により、根治性を保ちながら周囲の自律神経が温存する、という質の高い手術が可能となっています。
さらに2019年よりロボット支援下手術を導入しております。そのメリットとして多関節の鉗子により自由な鉗子操作が可能であること、そして手振れ防止機能により精密な手術が可能であることです。特に直腸癌手術など狭いスペースで細かな操作に要する場面で、高い効果を発揮します。またこちらも3Dハイビジョン画像を用いており、腹腔鏡と同様に微細な解剖まで確認することができます。
また鏡視下手術の開腹移行率(鏡視下手術を目的達成まで行うことが出来ず、途中で従来の開腹術に移行した率)は、2010年4月以降では0.3%、開腹移行を伴った術中偶発症率(鏡視下手術実施中にこれに特有と考えられる合併症を起こし、従来の開腹術に移行した率)は、2010年4月以降では0.1%でした。これは全国的にも誇れる数値であります。
当院で大腸癌腹腔鏡下手術を受けた方の生存率は下記の通りです。結腸癌と直腸癌に分け、当院の成績と1998年度の大腸癌研究会全国集計の成績を記載してあります。
ただし、生存率は統計を取った時期によって変化するものであり、近年の当院での生存率が以前の全国集計より高いことが当院の優位性を示すものではありません。
(※1):当院での1997年01月からの大腸癌鏡視下手術例。
(※2):大腸癌研究会全国集計1998年stage別5年生存率より。

結腸癌stage I II IIIa IIIb IV
当院(※1) 98.0 94.2 91.7 80.6 50.6
全国集計(※2) 96.8 87.2 80.3 68.3 22.6
直腸癌stage I II IIIa IIIb IV
当院(※1) 98.9 95.4 85.9 77.9 44.3
全国集計(※2) 96.1 86.2 76.7 63.5 20.2

大腸癌鏡視下手術の適応

当院は大腸癌全例を鏡視下手術(ロボット支援手術および腹腔鏡手術)の適応としております。
一般に大腸癌鏡視下手術の適応とならない場合には、癒着例、他癌合併例、腸閉塞例、他臓器浸潤例、腹膜炎例、心疾患や呼吸器疾患の合併例などがあり、当院ではそのような時も多くの場合は鏡視下手術を行います。
癒着例とは多くは開腹手術の既往がありおなかの中の癒着(臓器同士のくっつき)が強い例で、手術時間は延長しますがほとんどは鏡視下手術が可能です。癒着の剥離が困難な場合や長時間を要する場合には開腹手術を行います。
他癌合併例とは、おなかの中の他の癌-胃癌などを同時切除する場合ですが、開腹創の縮小化が図れる場合は鏡視下手術を行います。
腸閉塞例は大腸癌のため腸閉塞状態で手術となる場合で、おなかの中が拡張した腸管で満たされているため適応となりませんが、減圧処置が可能であった場合は適応となります。
他臓器浸潤例は大腸癌が周辺臓器に浸潤して大きな腫瘍塊を形成していたり浸潤臓器の合併切除が必要であったりするため鏡視下手術は困難ですが、当院では多くの症例で鏡視下手術が可能です。
腹膜炎例は腹膜炎の状態で緊急手術となる場合で、迅速な対応が必要な場合適応とならない場合があります。
心疾患や呼吸器疾患等の合併症をお持ちのハイリスク例で可及的に迅速な手術が求められる場合は、一般的に手術時間が短い開腹手術が望ましいとされます。しかし当院の鏡視下手術はその圧倒的な経験により手術は標準化され手術時間は短縮しており、ハイリスクな患者様に対してもその低侵襲性から鏡視下手術を行う利点が多いと判断される場合は積極的に鏡視下手術を行います。実際に他院で鏡視下手術は危険と判断された方でも当院で鏡視下手術を安全に行えた例は枚挙にいとまがありません。

大腸癌鏡視下手術に対する考え方について

大腸癌鏡視下手術は近年、日本の大腸癌手術の半分以上を占めるほどに普及してきましたが、まだ「特別な手術方法」と捉えている向きがあります。確かに大腸癌鏡視下手術は高度の技術を要するのですが、当院では経験の積み重ねによって、「高度の技術」が「通常の、日常的な技術」へと変化しています。
大腸癌鏡視下手術は大腸癌の手術を行うに当たっての一つの手段、手技に過ぎず、特別、特殊な手段、手技ではありません。もちろん大腸癌鏡視下手術という手段、手技を用いずとも大腸癌の手術を行うことはできます。
大腸癌鏡視下手術の目的は、その導入当初は「開腹創の縮小化」を初めとした低侵襲手術を実現することにより術後の苦痛を少しでも和らげ、術後在院日数を短縮することが第一でした。しかし多くの経験を積んでくると、大腸癌鏡視下手術手技が従来の開腹手術手技よりも安全、容易、確実に出来るようになってきました。脾弯局部や骨盤内直腸の剥離、授動術がそれです。特に狭い骨盤内で行われる直腸癌の手術で、良好な視野を得ることができる鏡視下手術はその利点を最大限に発揮すると考えています。

下部進行直腸癌の治療について

下部進行直腸癌は切除後に骨盤内局所再発をきたしやすく、切除の際に肛門括約筋を切除せざるをえない場合は人工肛門になってしまう、という治療の難しい疾患です。局所再発の抑制のため治療方法の1つとして欧米を中心として発展したのが術前に化学療法(抗癌剤治療)と放射線治療を行った上で手術を行う方法です。当院では2010年4月よりこの方法を導入し、さらなる成績の向上に努めています。
2010年4月以降の直腸癌手術症例で肛門温存の手術を行った割合は88%であり、当院では可能な限り直腸癌に対しても肛門温存手術を行なっています。
手術に関しては症例に応じて内肛門括約筋を一部切除し外肛門括約筋を温存する括約筋間直腸切除術(ISR)により、肛門付近の進行直腸癌に対しても可能な限り肛門温存を図ってきました。ISRは非常に高度な技術を要しますが、当院では豊富な経験を基にハイクオリティな手術を提供しております。
ただし、肛門を温存してもその後の排便機能低下の問題がありますので、例えば御高齢の方では、良くご相談の上、人工肛門として方が生活の質が保たれると判断する場合もあります。また当院では比較的少ないながらも術後の排尿・性機能障害などの後遺症の問題もございます。
そこで近年では、通常は術後に行う全身化学療法をCRTに加えて術前に行うTNT(total neoadjuvant therapy)療法により、著効例に対しては手術をせず慎重に経過観察を行い、一定の割合で手術を回避するNon-operative Management (NOM)を行っています。こちらに関しては専門医による診察、内視鏡検査、MRI検査による厳密な治療効果判定が必要ですが、その診断は特殊であり非常に難易度が高く経験が必要とされます。当院の経験豊富な消化器内科医、放射線医の診断により高精度な診断を提供しています。これにより完全奏功と判定され患者さんは直腸そして自己肛門を温存し排便障害・排尿障害・性機能障害を軽減することでQOLを維持することも可能です。
また下部進行直腸癌の治療のもう一つの問題点である側方リンパ節転移に対して、当院では鏡視下側方リンパ節郭清術を行なっています。リンパ節は血管に沿って存在し、癌はそのリンパ節に転移しやすい性質があります。通常は腸管を栄養する腸間膜血管に沿ったリンパ節(上方リンパ節という)に転移しやすいのですが、下部進行直腸癌では骨盤の側面にある内腸骨血管に沿ったリンパ節(側方リンパ節という)に転移することがあります。当院では術前の画像診断(CTやMRI)で転移を疑う場合は、それを切除する側方リンパ節郭清術を鏡視下に行ない、さらなる局所再発率の低下を目指しています。側方リンパ節郭清は自律神経や血管のごく近傍を操作するので、ロボット支援下手術や腹腔鏡手術の3Dカメラの鮮明な視野が神経・血管温存に大きく役に立ちます。

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