鎮痛のための麻薬系薬剤投与中に呼吸停止状態となった事例について
当院にて発生した事例について、ご家族のご了解のもと、ここに公表いたします。
患者さん(当時25歳男性)は、小児期より遺伝性膵炎という極めて稀な疾患のため、手術を含めて度々入院が必要となるという困難な状況が続いていました。直近では、ほぼ半年毎に激烈な腹痛のため入院が必要となり、膵炎の治療に加えて、鎮痛のために麻薬系薬剤の使用が必要な状況がありました。一方で、疼痛が収まっている時期には、何らの鎮痛薬も必要の無い状態が得られ、一般的な慢性膵炎の治療のみで経過し生活されていました。2018年12月29日に当院を受診された際も、激しい腹痛が認められ、非麻薬系鎮痛薬が無効であることが確認された後に麻薬系薬剤の持続投与を開始しました。疼痛が激しい間は十分な睡眠を得ることができなかったことから、睡眠導入のために比較的作用が緩やかな抗ヒスタミン薬の投与を開始しましたが、効果は認められませんでした。また、疼痛管理においては麻薬の使用量が1日投与許容量の上限に近くなることから、より鎮静作用が強いベンゾジアゼピン系の睡眠・鎮静薬の静注投与に切り替え12月29日に1回、翌30日に2回投与しました。結果的に最終となった3回目の投与からおよそ6時間後の深夜に呼吸停止状態になっているのを発見し、蘇生を行いましたが、重度の低酸素脳症に陥り、その後の約1年10か月にわたる闘病後にお亡くなりになりました。
ベンゾジアゼピン系薬では呼吸抑制が生じることがあり、添付文書上で呼吸状態や循環状態を注意深くモニターすることが必要とされています。しかし、本事例においては、血中酸素飽和度をモニターする機器や心電図を装着しなかったため、呼吸抑制状態から呼吸停止に近い状態に陥っていることを速やかに把握することができず、重度の低酸素脳症を生じる結果となりました。この様な事態を招いたことは、薬剤使用に伴う危険を監視することが不十分であったという病院の安全管理上の問題に関わるものであり、深く反省するとともに、患者さんをはじめご家族の皆様にお詫び申し上げます。
本事例について、医療事故調査制度に基づく調査委員会の報告を受け、2021年7月1日より当院は下記のとおり基本方針を定め、遵守し、医療安全体制の改善に取り組んでまいりました。引き続き、より一層の医療安全体制の改善に努めてまいります。
【虎の門病院の医療安全体制改善のための基本方針】
- 病院運営の中で、「医療安全」「患者安全」を最重要事項として位置付ける。
- 月1回、院長の医療安全ラウンドを実施し、医療安全推進委員会でのインシデント・オカレンスについて再発防止策の実施状況を点検する。
- 月1回、各診療科と各部門のカンファランスで医療安全についての情報共有と対策を行う。尚、診療科のカンファランスには看護師長(リスクマネージャー看護師)も参加する。
- 年1回、院長・看護部長・医療安全担当副院長による各診療科と各部門に関する医療安全ヒアリングを実施する。診療科部長・看護師長・部門の責任者(部長・科長など)およびリスクマネージャー(全職種)を対象とした医療安全ヒアリングを年度末に実施し、医療安全についての課題を共有し次年度の医療安全改善計画を策定する。
- 入職時のオリエンテーション、その後の定期講習、e-learningだけではなく継続的な医療倫理・医療安全教育のカリキュラムを作成し、最優先課題として実施する。
- 医療安全情報の発信を電子カルテ上の院内掲示板の目立つ箇所に掲載し、医療安全推進委員会で討議された項目で重要なものを上位に掲載するなど、定期的な更新を行う。
- 医師・看護師・医療スタッフは、常に「医療安全」を第一に心がけ患者の状態を適切な手段で観察すると同時に、その結果を速やかに診療録に記載する。例えば、呼吸や血圧のモニタリングを必要とする薬剤の投与後には、適切な手段でモニタリングを実施すると同時に、その観察結果を遅滞なく診療録に記載することを徹底する。
虎の門病院院長 門脇 孝